産後、自分自身の感情をコントロールできず、ふとしたことで涙が出たり、イライラしてしまうといった悩みを抱えている方もいるのではないでしょうか。
その症状は、もしかしたら産後うつを発症している可能性があるかもしれません。産後うつとは、出産後に発症するうつ病のことで、生活環境の変化やホルモンバランスの急激な変化が影響しているといわれています。
この記事では、産後うつの症状や原因などの基本的な知識から、産後うつを乗り越えるための具体的な方法について解説します。
自分自身の健康と、赤ちゃんを守るためにも、産後うつを正しく理解し、乗り越える方法を知ることが大切なので、ぜひ参考にしてみてください。
産後うつとは?
産後うつとは、産後に発症するうつ病のことであり、気分の落ち込みや涙もろくなるといった抑うつ症状が表れます。
個人差はあるものの、一般的に出産後数日から8週間の間に発症しやすいといわれています。
産後うつは「一時的なもの」「子どもの成長につれて自然に改善するもの」と考えられがちですがそうではありません。日本では、出産時の母体死亡よりも、産後うつなどが原因で自殺する方が多いことが問題となっています。
また、産後うつは長期間にわたって症状が続くため、日常生活にも影響を及ぼし、家族との関係を悪化させることも。そのため、産後うつと診断された場合は、医療的なケアが必要となるのです。
出典:妊産婦メンタルヘルスケアマニュアル~産後ケアへの切れ目ない支援に向けて~公益財団法人 日本産婦人科医会 平成29年7月
産後うつの症状とは?
個人差はありますが、産後うつでは以下のような症状がみられます。
- 今まで楽しいと思えていたことが楽しいと思えなくなった
- 物事に興味を持てなくなった
- 赤ちゃんを可愛いと思えない
- 赤ちゃんのお世話がおっくうに感じる
- 自分の子育てに自信を持てない
- 親失格だと思ってしまう
こうした気分の落ち込みが2週間以上続いている場合は、産後うつが疑われます。
症状がひどくなると、自分を傷つけようと考えてしまうことも。産後に上記のような症状を訴える場合は、速やかに医療機関を受診することをおすすめします。
産後うつのセルフチェックシート
産後は赤ちゃんのお世話に追われて、一時的に気分が落ち込んでしまうことがあります。
産後うつの症状と区別するためにも、ここではセルフチェックシートで確認してみましょう。実際に産後うつのスクリーニングにも用いられているエジンバラ産後うつ病質問票をもとに、チェックリストを作成しました。
過去1週間の自分の症状に当てはまるものがないかチェックしてみてください。
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このチェックリストに該当する項目が多いという方は、産後うつである可能性が高いため、早めに医療機関を受診することをおすすめします。
産後うつの原因は?
産後うつは、さまざまな要因が重なって発症するといわれていますが、原因ははっきりと解明されていません。しかし、最近の研究などによって以下の3つが大きく影響しているのではないかといわれています。
- 肉体的、精神的ストレス
- 周囲のサポート不足
- 妊娠期または過去のうつ病経験
ここからは、それぞれの原因について詳しく解説します。
肉体的、精神的ストレス
産後うつの原因として考えられているのが、「肉体的、精神的ストレス」です。
肉体的なストレスとは、夜間授乳による睡眠不足や出産後の身体回復、急激なホルモンバランスの変化などです。
特に産後は、ホルモンバランスの急激な変化によりストレスに耐える脳の働きが低下し、物事を悪い方向に考えてしまいやすくなるといわれています。その結果、「親ならやらなければならない」とひとりで抱え込むなどといった悪循環に陥ってしまうことも。
精神的なストレスには、親としての育児へのプレッシャーやライフスタイルの変化、家族との関係の変化などがあります。さらに、産後は家にいる時間が多いため、孤独感を感じることもあるでしょう。
赤ちゃんのお世話は予測不能なことも多く、大きなストレスがかかります。加えて、産後赤ちゃん優先の生活となるため、自分自身の健康や欲求を後回しにしてしまいがちになります。そういったこともストレスを感じやすくなる要因となり、産後うつのリスクが高まるのです。
周囲のサポート不足
2つ目の原因として考えられているのが、周囲のサポートが少ないことです。
産後は赤ちゃんのお世話だけでなく、家事など多くのタスクを抱え込んでしまう傾向があります。
家事や育児、すべてをこなしながら健康的な精神状態を保つのは、簡単なことではありません。特にはじめての出産の場合は、慣れない育児へのストレスも大きいでしょう。
そういった状況のなかで、周囲のサポートが十分でない場合には、産後うつの原因となり得る可能性があります。
妊娠期または過去のうつ病経験
妊娠期や過去にうつ病を経験した方は、産後うつのリスクも高くなります。
妊娠中のうつ病は、妊娠にともなう合併症の中で最も頻度が高いものです。妊娠中にうつ病を経験した場合には、その症状が出産後も続くことがあります。
また、産後のホルモンバランスの変化が、うつ病の症状を悪化させることも。
過去にうつ病経験がある方は、出産やその後の大きな生活の変化が引き金となり、うつ病が再発することもあります。
そのため妊娠中や過去のうつ病経験がある方は、産後のこころの健康に対して注意が必要です。
産後うつの治療法
産後うつは病気であり、本人の意思を尊重しながら適切な治療を受けることが大切です。
具体的な治療法は、以下の3つです。
- 心理療法
- 薬物療法
- 環境調整
症状や状況に応じて、これらの治療法を組み合わせることで、より効果的な治療が可能です。ここからは、産後うつの治療法3つについて詳しく解説します。
カウンセリングによる精神療法(心理療法)
産後うつの治療法として、カウンセリングによる精神療法(心理療法)が有効です。
心理療法では、現状を本人や家族にヒアリングし、ネガティブな思考を生む根源となっている事柄を特定します。現状を把握したうえで、改善する方法をアドバイスします。
また、カウンセリングによる心理療法は、現状を改善できるアドバイスをするだけではありません。「話を聞いてもらう」「自分の話を聞いてくれる人がいる」といった、孤独感を和らげる意味もあるのです。
このような心理療法は、前向きな気持ちになり、産後うつの治療と回復を促進するための効果的な方法といわれています。
「抗うつ薬」などを用いた薬剤療法
産後うつと診断され、医師が必要と判断した場合、薬剤療法による治療がおこなわれます。
ただし、授乳の問題もあるため、本人や家族と相談のうえ、納得したうえで薬剤治療を受けることが大切です。
一般的に産後うつの治療では「抗うつ薬」が処方されます。症状によっては、不安を軽減させる抗不安薬や睡眠導入剤が使用されることもあるでしょう。
薬の効果や副作用には個人差があるため、服用中は医師と相談しながら適切な薬剤治療を受けることが大切です。授乳中でも使用できる薬剤もあるため、専門の医師とよく相談して治療を進めましょう。
薬の内服中に注意したいのが、自己判断での休薬です。特に抗うつ薬は、自己判断で辞めてしまうと症状が悪化してしまう可能性があるため注意が必要です。
ストレスを減らすための環境調整
産後うつの方に対して、日常生活のストレスや育児の負担を減らすことは必要不可欠です。
産後うつの治療法のひとつとして、こうした負担を軽減し、メンタルヘルスを維持するための環境調整がおこなわれます。
産後うつに対する環境調整では、以下の3つの視点を重視しています。
- 親の負担を減らすこと
- いつでも相談できる環境をつくること
- 休息できる環境をつくること
これらのポイントを踏まえ、できるだけストレスを軽減できるように環境を整えていきましょう。
産後うつを乗り越えるためには周囲のサポートが大切
産後うつを乗り越えるためには、パートナーや家族などのサポートが必要不可欠です。サポートする方は、感情に寄り添い、よき理解者となることが求められます。
ここでは、パートナーや家族、行政ができるサポートについて具体的に解説します。
パートナーや家族の方ができるサポート
産後うつを乗り越えるためには、本人だけでなくパートナーや家族のサポートが大切です。ここでは、周囲ができるサポートを具体的に紹介します。
1.育児・家事へ積極的に参加する
赤ちゃんのお世話は予測不能なことが多く、親は多くのエネルギーを消費します。育児の負担が1人だけに集中することのないように、積極的に育児に協力しましょう。
また、料理や掃除、洗濯といった家事も、可能な限り分担するなどの工夫をしてみてください。
2.話を聞いてあげる
赤ちゃん中心の生活となるため、自分のことは後回しにしてしまいがちです。何かを話したそうにしている時は、なるべく話に付き合い、感情を吐き出せるようにしてあげましょう。
誰かに話を聞いてもらうだけでも、気持ちがスッキリすることがあります。専門家のカウンセリングを受けるようすすめることも、パートナーや家族ができる支援のひとつとなります。
3.自分のために使える時間を確保してあげる
友人との食事や趣味など、リフレッシュできる時間をつくってあげましょう。こうした自分だけの時間は、ストレスを軽減し、前向きな気分にもしてくれます。
産後うつを乗り越えるために、周囲の方が一丸となってサポートしていきましょう。
行政から受けられるサポート
多くの自治体では、産後うつの方に対してさまざまな形でのサポートを提供しています。
たとえば、新生児訪問や健診の際に実施される産後うつのスクリーニング、保健師による育児の相談も行政のサポートのひとつです。
必要に応じて、専門的なカウンセリングや治療を受けられる病院を紹介するなど、適切な支援につなげられるよう専門機関と連携しています。
また、自治体は子育て支援センターや子育てサークルなどを設けて、育児の情報を共有したり、同じ年代の親たちが交流したりできるような場所を提供しています。
さらに、産後ケア事業や、ヘルパーの派遣、一時的な保育サービスの提供といった実践的な支援もおこなっています。
このようなサービスを活用することで、育児や家事の負担を軽減することはもちろん、こころの健康を保つ手助けとなるでしょう。
産後うつに対するサポート事例を紹介
産後うつの方へのサポート方法として、家族や行政から受けられるサポートを紹介しました。
ここでは、産後うつを乗り越えた夫婦や産後ケア事業の事例について紹介します。
産後うつを乗り越えた夫婦の事例
第一子出産後、妻は体調が回復しない中で育児に追われる中、夫は深夜まで残業し、夫婦がすれ違っている状況でした。 ある日、妻は思い切って夫に「育児が辛い」と、不安な気持ちや悩みを打ち明けました。 そのことがきっかけで、夫が妻の大変さに気づき、家事や育児に積極的に。 育児に参加するようになってはじめて、夫は思い通りにいかない育児の大変さを理解できたと語っていました。 妻は、夫が育児や家事に協力的になってくれたおかげで、産後うつの症状は回復し、育児を楽しめるようになりました。 |
この事例から、産後うつを乗り越えるためにはまず、つらいと思っている気持ちに寄り添うことが必要だと分かります。そのためには、家族がきちんとコミュニケーションをとり、感情を吐き出せる環境をつくることが大切であるといえるでしょう。
産後ケア事業の利用事例
自治体では、必要に応じて産後ケア事業を推進することが義務づけられています。
産後ケア事業とは、産後うつや育児ストレスにより支援が必要とされた場合に、産後の母親や家族が心身ともに健康な状態で育児ができるようサポートするところです。
実際に、精神科通院歴がある方に対する産後ケアの事例を紹介します。
対象となったのは、第一子の育てにくさを感じ、精神科を受診しながら妊娠を継続して第二子を出産した母親。 出産後も育児に対する不安が継続していたため、産後ケア事業による支援は必要と判断されました。 この事例では、総合病院でのショートステイの形で、専門家による心理的な支援や、産後の身体の回復に対して援助がおこなわれました。 また、父親が育児に非協力的であったため、父親や祖父母といった家族に対しての情報提供や支援も実施されています。 母親は産後ケア事業での支援を受けて、第一子と離れることで、精神的な負担も軽減。 また産後すぐに心理的な支援を受けられたことで、精神的にも落ち着いて過ごせました。 しかし、自宅に帰れば第一子との生活も再開することから、産後ケア事業の利用後も各専門機関と連携し、継続した支援を続けています。 |
このように、産後ケア事業ではより専門的な支援を受けることが可能です。
育児や家庭環境で不安を感じている人は、行政の専門窓口に相談することも考えてみるとよいでしょう。
産後うつ以外の妊産婦のこころの病気とは?
産後うつ以外にも、妊産婦がかかりやすい病気があるのをご存知ですか。
産後数カ月は、急激なホルモンバランスの変化や生活環境が変わることにより、精神的にも不安定になりやすい時期です。
妊産婦がかかりやすいこころの病気には、産後うつ以外にマタニティブルーズや産後精神病があります。特に産後精神病は重篤な精神疾患であり、入院での治療が必要になることも多いため、注意が必要です。
ここからは、産後うつ以外のこころの病気について詳しく解説します。
マタニティブルーズ
マタニティブルーズとは、産後数日から2週間の時期に、憂鬱な気分になったり、落ち込むといった精神症状が出る状態のことです。出産後の女性の30〜50%が経験するといわれています。
マタニティブルーズの原因は、思い通りに子育てができないジレンマや出産後の急激な女性ホルモンの低下、内分泌環境の変化などといわれています。
具体的な症状は以下の通りです。
- ふいに涙が止まらなくなる
- 落ち込む
- イライラする
- 眠れなくなる
- 集中力がなくなる
- 焦る気持ちが出てくる
マタニティブルーズの症状は産後うつの症状とよく似ていますが、ほとんどが一過性で、産後10日をすぎると徐々に症状も落ち着いてきます。
しかし、このマタニティブルーズが長引く場合、産後うつに移行する場合もあるため注意が必要です。
症状がつらい場合や、過去にうつ病などで精神科通院歴がある方は、早めに医療機関を受診したり、産後検診の際に助産師や看護師に相談したりしましょう。
産後精神病
産後精神病とは、産後の女性が発症する深刻な精神障害のひとつです。
一般的に、出産後間もない時期から数カ月以内に急激に発症します。産後精神病の発症率は、500〜1000分娩に1例ほどとされている稀な疾患ではありますが、症状が重篤で、多くの場合入院しての加療が必要となります。
産後精神病では以下の症状がみられます。
- 言動が支離滅裂である
- 幻覚や妄想が現れる
- 赤ちゃんに対して危険な思考や行動をとる
産後精神病は、早期の診断と、適切な治療が必要です。上記症状があり産後精神病が疑われる場合は、速やかに精神科や心療内科などの医療機関を受診しましょう。
産後うつは早めに気づき対処することが大切
産後うつとは、出産後に心理的に落ち込みうつ状態になることを指します。育児に対するストレスや、生活環境の変化、家族のサポート不足など、複数の要因が重なって発症するといわれています。
「産後うつかも?」と悩んでいる際には、早めに心療内科や精神科を受診することをおすすめします。
産後うつの場合、自分だけの時間を作り、十分な睡眠やリフレッシュすることが必要です。周囲の協力を得ながら、ゆっくりと休む時間を確保するようにしましょう。
参考サイト・文献
・公益社団法人 日本産婦人科医会
・e-ヘルスネット|厚生労働省
・妊産婦メンタルヘルスケアマニュアル~産後ケアへの切れ目のない支援に向けて~改訂版
・うつ病等の精神疾患合併妊産婦の診療と支援について