双極性障害を治療しているときに記憶が飛ぶことがあり、これも症状の1つなのか気になる方もいるのではないでしょうか。記憶が飛ぶ原因としては、認知機能の低下による影響が考えられています。そのほかにも、集中力や注意力の低下などを引き起こす恐れもあるでしょう。
この記事では、双極性障害によって記憶が飛ぶ原因や、その対策などをご紹介します。記憶が飛ぶ原因と考えられているものについて知り、事前の対処や発症後に意識したい行動などをおさえていきましょう。
双極性障害は記憶が飛ぶときがある?
結論からいうと、双極性障害の方は記憶が飛ぶ可能性があります。ここでは記憶が飛ぶ症状やそのほかの影響について詳しくみていきましょう。
認知機能の低下で記憶が飛ぶことがある
双極性障害による記憶が飛ぶ症状は、「認知機能」の低下によって引き起こされているといわれています。認知機能とは、人が物事を判断・記憶・理解するための高度な機能のことです。双極性障害による認知機能の低下は、記憶のなかでも、特に「エピソード記憶」への影響が強いとされています。
エピソード記憶とは、「いつ、どこで、何をした」という自分が体験した出来事についての記憶を指す言葉です。たとえば以下のようなものがエピソード記憶といわれます。
- 昨日の昼、友人とカフェで食事をした
- 昨日の夜、映画館で映画鑑賞をした
出来事に関する記憶が飛ぶと、友人や家族との会話にズレが生じたり、同じ話や行動を繰り返したりする場合があります。
認知機能低下によるそのほかの影響について
認知機能には記憶以外にもさまざまな機能があります。双極性障害の方は認知機能の低下によって、以下のような症状が表れる恐れがあります。
- ワーキングメモリー機能の低下
- 遂行機能の低下
- 注意力の低下
ワーキングメモリーとは、情報を短時間だけ記憶しておく機能で、「作業記憶」とも呼びます。たとえば、他人から聞いた電話番号を一時的に覚えて、その後メモに書き写すような場面で用いられる機能です。
遂行機能とは、物事を順序立ててプランニングするために必要な機能のことです。この機能が低下すると、旅行の計画を立てる、料理を作るなどのプランニングが必要な行動がうまくできなくなります。
また、注意力が低下すると1つの物事に集中するのが難しくなり、仕事や日常生活に支障をきたす恐れもあります。
双極性障害で記憶が飛ぶ原因
双極性障害によって記憶が飛ぶ原因は、明確にはわかっていません。しかし、関連があると考えられているものはあります。ここでは、記憶が飛ぶ原因と考えられているものについて解説します。
脳内の神経による影響
双極性障害の発症によって、脳内の神経ネットワークになんらかの問題が起きることが原因の1つと考えられています。脳には記憶を司る、集中力を維持するなど、部位によってそれぞれ異なる役割があります。それぞれの役割を司っている部分同士がネットワークのようにつながることで、高度な機能を維持しているのです。
しかし、双極性障害によって特定の神経ネットワークに問題が生じると、その関係する部位の機能が低下してしまいます。結果的に、記憶をはじめとした認知機能の低下につながると考えられています。
電気けいれん療法による副作用
双極性障害に対して「電気けいれん療法」による治療をおこなっている場合、その副作用で記憶が飛ぶ可能性があります。電気けいれん療法とは、脳に電気刺激を与えることで双極性障害の症状の改善を目指す方法です。電気けいれん療法は双極性障害以外にも、うつ病や統合失調症の治療として選択されることもあります。
その一方で、一時的な記憶障害を引き起こす副作用も認められています。電気けいれん療法を受けた後に記憶が飛ぶ症状が表れた場合、それは副作用によるものかもしれません。この記憶障害は数週間で治るとされていますが、症状に気づいた際は医師に相談するようにしましょう。
双極性障害で記憶が飛びやすい方の特徴
記憶が飛びやすいかどうかは、双極性障害の程度やそのほかの病歴、年齢などによって異なるとされています。重度の双極性障害の方、ほかの心の病気をともなっている方は認知機能が低下しやすく、記憶が飛びやすい傾向にあります。高齢者の場合は加齢による認知機能の低下が進行しやすいので、記憶に関する問題が起きやすいといえるでしょう。
しかし、あくまでもそのような傾向があるだけで、明確な基準がわかっているわけではありません。いずれにせよ、認知機能の低下が表れた場合は双極性障害の症状が変化している可能性があります。日常生活に支障が表れはじめている場合は、必ず医師に相談しましょう。
双極性障害で記憶が飛ぶタイミングは?
双極性障害の影響で記憶が飛ぶタイミングは、はっきりとわかっていません。躁状態、うつ状態のタイミングで表れることもあれば、症状が落ち着いているときに生じることもあるとされています。双極性障害の治療が進み、寛解状態に近づいたとしても記憶が飛ぶ症状が表れる可能性もあります。
このように、人によってタイミングがそれぞれ異なるため、「今は症状が落ち着いているから」「治ってきたから」と油断しないことが大切です。
双極性障害で記憶が飛ばないようにするための5つの対策
記憶をはじめとした双極性障害による認知機能の低下に対して、明確な治療法が見つかっているわけではありません。しかし、認知機能を低下させないために日常生活でおこなえる工夫はあります。
日常生活でおさえておきたい対策は、以下の5つです。
- 睡眠時間を確保する
- 適度な運動をする
- 栄養バランスのよい食事をとる
- アルコールの摂取は控える
- ストレスを溜め込み過ぎない
ここではそれぞれの対策について詳しく解説します。
1.睡眠時間を確保する
1つ目は、睡眠時間を確保することです。睡眠には身体を休めるだけでなく、脳をメンテナンスする働きがあります。レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返すことで記憶が定着するのです。しかし、短時間の睡眠によって寝不足になると、見聞きしたことを覚えていなかったり、脳が十分に休まらず認知機能が低下したりする可能性があります。さらに、寝不足になると睡眠の質が低下し、余計に眠る時間が短くなるという悪循環となるケースもあるでしょう。
一方で、質のよい睡眠は認知機能の低下の予防につながるとされています。睡眠の量と質を確保するには、起床・就寝時間を決めて、規則正しい生活リズムを作るようにしましょう。
2.適度な運動をする
2つ目は適度な運動をすることです。適度な運動は脳を活性化させて認知機能の低下予防につながります。運動のなかでもおすすめなのが「有酸素運動」で、気軽におこなえるものとしてウォーキングが挙げられます。普段から運動習慣がない方は、まずは無理のない範囲でウォーキングからおこなってみましょう。
運動とまではいかなくとも、普段の生活で今より活動量を増やすことも大切です。エレベーターを使用している方は階段に変更する、移動時は車ではなく自転車を使用するなどを意識してみましょう。
3.栄養バランスのよい食事をとる
3つ目は、栄養バランスのよい食事をとることです。食事の栄養バランスが認知機能に影響する可能性があるとされています。たとえば、以下のような食生活は認知症のリスクを高める可能性があるという報告があるため、見直したほうがよいかもしれません。
- 炭水化物を中心とする高カロリー食
- 低タンパク食
- 低脂肪食
一方で、大豆や野菜、乳製品は認知症のリスクを軽減するとされています。普段から栄養バランスが偏っている方は、認知機能の低下予防が期待できる食品を取り入れつつ、バランスのよい食事をとるようにしましょう。
4.アルコールの摂取は控える
4つ目は、アルコールの摂取を控えることです。適度なアルコールの摂取は、認知機能の低下予防につながるとされています。しかし、習慣的にお酒を飲み過ぎていると脳が萎縮し、認知機能の低下を助長する恐れがあります。
さらにアルコールが睡眠や薬におよぼす悪影響も軽視できません。寝酒は寝つきをよくしますが、途中で目覚めやすくなり、睡眠の質低下につながります。アルコールの影響で服用している薬の効果が弱まり、副作用が出やすくなる可能性もあります。アルコールは適量ならよい効果もあると言われていますが、リスクの方が大きいことを考えると、控えたほうがよいでしょう。
5.ストレスを溜め込み過ぎない
5つ目はストレスを溜め込み過ぎないことです。ストレスを溜め込むと脳の働きに悪影響をおよぼし、認知機能が低下する恐れがあります。また、認知機能の低下だけでなく、双極性障害の症状の悪化やほかの心の病気につながる可能性もあります。
ストレスを溜め込まない環境を整えることは、双極性障害の治療においても重要なポイントです。薬物療法をはじめとした治療で症状のコントロールしつつ、ストレスから離れられるような生活を送りましょう。
双極性障害で記憶が飛んでしまったときのために
双極性障害の影響で記憶が飛ぶようになったら、自分自身に何か変化がなかったかについて振り返ることが大切です。記憶が飛ぶ原因ははっきりとわかっていないものの、何かがきっかけで発症した可能性もゼロではありません。記憶以外にも、注意力や集中力などの認知機能の変化がないかを確認することも大切です。
認知機能の変化は周囲の人が気づく場合もあります。家族や友人など、普段から接する機会の多い方に現在の症状を説明し、変化について気をつけてもらうのもおすすめです。そして、自分の症状の変化について医師に相談して、どのような対策をすればよいかアドバイスを受けるようにしましょう。
双極性障害で記憶が飛ぶ方は医師に相談を
双極性障害によって記憶が飛ぶのは、認知機能の低下からきていると考えられています。脳の神経による問題や治療の副作用などがきっかけだと考えられていますが、その明確な原因はわかっていません。
いずれにせよ、認知機能を低下させないような生活を送り、記憶が飛ぶのを防ぐ対策を取ることは重要です。記憶が飛ぶタイミングや身体の変化などを注意深く観察しつつ、医師と相談しながら治療を進めていきましょう。
参考サイト・文献
・「6.双極性障害の認知研究―成人と児童」久保田 泰考 日本生物学的精神医学会誌 21巻3号
・厚生労働省|認知機能 – e-ヘルスネット
・「エピソード記憶と意味記憶の区分 ー自己思惟的意識に着目して―」榊 美知子 心理学評論 Vol.49 No.4
・児童・生徒のワーキングメモリと学習支援|ワーキングメモリとは
・「遂行機能の臨床」種村 純 高次脳機能研究 第 28 巻第 3 号
・富山大学 医学部|躁うつ病(双極性障害)と つきあうために
・「Neurocognitive features in clinical subgroups of bipolar disorder: A meta-analysis」Emre Bora 2018 Mar 15;229:125-134
・日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023
・「耳鼻咽喉科としての認知症への対応 睡眠からアプローチする認知症予防」宮崎 総一郎、北村 拓朗、野田 明子 第120回日本耳鼻咽喉科学会総会シンポジウム
・「認知症に対する運動および身体活動の効果」長屋 政博 Jpn J Rehabil Med 2010 ; 47 : 637.645
・国立長寿医療研究センター|運動による認知症予防へ向けた取り組み
・厚生労働省|認知症と栄養
・厚生労働省|アルコールと認知症 – e-ヘルスネット
・厚生労働省|アルコールの作用 – e-ヘルスネット
・東邦大学|ストレスと脳