「双極性障害などの精神疾患を抱えている人は頭がいい」と考えている人もいらっしゃるかもしれません。
実際には、双極性障害を発症すると頭がよくなることや、頭がいいから双極性障害を発症しやすいなどの医学的根拠は存在しません。しかし、双極性障害に見られる症状によっては「頭がいいように見える」こともあるでしょう。
そこで本記事では、双極性障害と知能は関係あるのかを解説します。さらに双極性障害の症状や、双極性障害の方との関わり方もあわせてご紹介します。
「双極性障害の人は頭がいい」に根拠はない
「双極性障害の人は頭がいい」という印象について、医学的な根拠は存在しません。しかし、双極性障害を含む精神疾患を抱えながら活躍している有名人や偉人がいることは事実です。
実際にASD(アスペルガー症候群)では、過集中や思考能力の向上が見られることがあるといいます。さらに、IQが高い人(ギフテットとも呼ばれる)は、発達障害を併せ持つ人がいることから「精神疾患=頭がいい」と認識されるようになったのかもしれません。
双極性障害は、気分が高揚して活動的になる「躁状態」と、気分が落ち込み意欲の低下などが見られる「うつ状態」を繰り返す精神疾患です。そのなかでも躁状態の症状が比較的軽い「軽躁状態」では、普段よりも調子が上がり日常生活や仕事をうまくこなす方もいます。
また、「躁状態」では次々に考えが浮かんだり自尊心の肥大(自信が湧き、優れている人間だと思い込むこと)などの症状が表れたりすることから、周囲から頭がいいと見られることもあるのかもしれません。
双極性障害の人は「認知機能の低下」が見られることがある
「双極性障害の人は頭がいい」と思われやすい理由を解説しましたが、反対に双極性障害では認知機能の低下が見られることがあります。ここでの認知機能の低下とは、以下の能力の障害・低下を意味します。
- 注意力
- 学習能力や記憶力
- 計画力
- 意思決定力
うつ状態だと、集中力や思考力などの低下が見られ、1つのことに集中して取り組んだり、計画を立てて行動したりするのが難しいケースがあります。躁状態であっても、注意散漫や衝動を抑えられないなどの症状が見られ、認知機能の障害に対しての問題を抱える方は少なくありません。
症状の強さや状況によっては、日常生活や社会活動に支障をきたす恐れもあります。しかし、認知機能の障害や低下の程度は人によって差があるため、必ずしも大きな影響を受けるとは限りません。
双極性障害と認知機能の低下の関係性については、こちらの記事でも詳しく解説しています。
「頭がいい」と感じるのは双極性障害の症状の1つかも
「自分は優れている」といった思い込みや、周囲が「頭がいい」と感じる原因は、双極性障害の症状が関係しているかもしれません。
この章では、双極性障害の症状を解説します。
双極性障害では、「躁状態・軽躁状態」と「うつ状態」に加えて、双方の症状が同時に表れる「混合状態」の3つが出現します。
それぞれの状態別に症状を見てみましょう。
躁状態・軽躁状態
躁状態は、気分が高揚し活動的な様子が見られる状態です。急に症状が表れる傾向があり、治療を受けないと2~3カ月ほど続くとされています。
躁状態の症状は以下の通りです。
- 高揚気分(ハイテンション)
- イライラしやすく怒りっぽい
- 自尊心の肥大
- 睡眠欲求の減少
- 多弁
- 観念奔逸(次々と考えが浮かぶ)
- 注意散漫
- 活動量の増加
- 快楽活動への熱中(衝動買いや危険な運転など)
- 幻覚や妄想(誇大妄想や被害妄想)
上記の症状の程度や継続期間、日常生活に支障をきたしているかなどを総合的に判断して「躁状態」もしくは「軽躁状態」と診断されます。
躁状態によってイライラしやすくなる易怒性(怒りっぽい性質)が強く表れることで、周囲とのトラブルを起こす恐れがあります。言動から、周囲が普段と異なる様子に気づくことが多いのですが、本人は病気であることを理解できないケースも珍しくありません。
対して軽躁状態は、躁状態よりも症状が軽いのが特徴で、日常生活や社会活動に大きな影響を与えない程度の状態を指します。睡眠不足でも活気や行動力があり、社会のなかで自分の役割を全うすることも可能です。自信があり周囲に迷惑をかけないことから、本人も周囲も「調子がよい」と感じ、病気であることを見逃されてしまうことも少なくありません。
うつ状態
うつ状態は気持ちが落ち込み、抑うつ気分や意欲の低下などが見られ、行動が制限されてしまう状態です。躁状態と比べてうつ状態の期間は長く、双極性障害の30~50%はうつ状態で過ごすことが多いとされています。治療をせずに過ごすと、6カ月以上続くこともあります。
うつ状態の症状は以下の通りです。
- 抑うつ気分
- 興味・喜びの喪失
- 食欲の低下
- 不眠
- 精神運動制止(または焦燥)
- 全身の疲労感
- 無価値観・罪責感
- 思考力や集中力の低下
- 希死念慮・自殺企図
うつ状態では、上記の症状が2週間以上続くのが特徴です。
今まで好きだったものや、躁状態のときに夢中になっていたことなどに興味がなくなり、何事に対しても意欲が湧かなくなります。なかには躁状態のときの自分を責めたり、悲観的な考えばかり浮かんだりして、人によっては「死にたい」との思いが芽生えてしまう恐れもあります。
上記の様子や言動が見られたら1人にせず、早めに精神科や心療内科などの医療機関を受診しましょう。
双極性障害におけるうつ状態の過ごし方について知りたい方は、こちらの記事も参考にしてください。
混合状態
混合状態は、「躁状態」と「うつ状態」の症状を同時にきたす状態です。両者の状態が切り替わる際に出現する可能性が高いとされています。
気分は高揚しているのに勝手に涙が出てきたり、意欲が低下しているのに次々と考えが思い浮かんだり、矛盾した様子が表れるのが特徴です。
混合状態については、こちらの記事でも詳しく解説しています。
双極性障害は診断基準をもとに評価される
双極性障害は、血液検査や画像検査では診断を確定できません。ICD-10やDSM-5などの診断基準のほかに、病歴や家族の精神疾患罹患歴の有無などから総合的に判断されます。
前章でご紹介した症状が続く場合や日常生活に支障をきたしている場合は、早めに精神科や心療内科などの医療機関を受診しましょう。自覚がないケースも珍しくないため、家族や周囲の人が気づいたら受診を勧めることが大切です。なかには受診を拒否するケースもあります。その場合は、症状が落ち着いたタイミングで病院へ行くことを促してみましょう。
こちらの記事では、DSM-5の診断基準をもとにチェックシートを紹介しています。
双極性障害に関するよくある質問
ここでは、双極性障害に関する以下の疑問に対して解説します。
- 双極性障害における脳萎縮と頭のよさは関係がある?
- 双極性障害の人の話し方の特徴は?
- 双極性障害は一生治らないの?
1つずつ詳しく見てみましょう。
双極性障害における脳萎縮と頭のよさは関係がある?
ある研究で、双極性障害を抱えている方はうつ病の方と比較して、前頭葉の一部(背外側前頭皮質、前帯状皮質)が萎縮しているとのデータが報告されています。このことから、双極性障害は「心の病気」ではなく「脳の病気」といわれることもあります。
前頭葉は、感情や思考などのコントロールに影響する部位です。前頭葉が萎縮することで、思考力や集中力、判断力の低下が見られ、日常生活や仕事などに影響を及ぼす恐れがあります。さらに感情のコントロールがうまくできず、イライラしたり自分の欲求を我慢できなかったりと、周囲とのトラブルの原因につながることも少なくありません。
双極性障害では、脳萎縮により認知機能の低下や感情がコントロールできないなどの症状が表れ、頭のよさに影響しているように見えることもあるでしょう。
双極性障害の人の話し方の特徴は?
双極性障害では、状態によって話し方や行動に特徴があります。
躁状態のときには気分が高揚して、多くの人と会話したり自信に満ち溢れた様子が見られたりします。新しい考えが次々と浮かぶため盛んに話したり声が大きくなったりします。十分な睡眠時間を取らなくても活動できてしまうことから、自分は頭がいいという誇大妄想が生じることも少なくありません。しかし現実的には、双極性障害によって知能が高くなることはないとされています。ほかにも、イライラしたような言動が目立ち、ときには相手を怒鳴ってしまうこともあります。
対してうつ状態では、意欲や思考力の低下から口数が少なくなる、受け答えがはっきりしない、悲観的な発言が聞かれるなどの言動が特徴です。
双極性障害は一生治らないの?
双極性障害は再発する可能性が高いとされているため、「治らない病気なのでは?」と心配される方もいるかもしれません。状態によって治療期間が長くなることはありますが、適切な治療を開始することで回復に向かいます。
双極性障害では、症状を緩和しながら病気をコントロールする術を身につける治療に加えて、再発のリスクを減らす「予防治療」が重要です。実際におこなわれる治療法は、以下の3つです。
- 薬物療法
- 精神療法(心理療法)
- 電気けいれん療法(ECT)
薬物療法は、躁状態の治療・うつ状態の治療・予防療法の3つに分けられ、目的によって適切な薬が変わります。一般的には「抗精神病薬」「気分安定薬」などが選択されますが、症状に応じて「抗うつ薬」や「睡眠薬」を組み合わせて使用することもあります。
双極性障害の薬物療法について詳しく知りたい方は、こちらの記事もご覧ください。
精神療法(心理療法)は、疾患に対しての理解を深め治療を受け入れることを目的の1つとしています。さらに、自分の行動や状況を客観的に捉え直すことで再発予防の効果も期待できるとされています。
電気けいれん療法(ECT)は、頭部に短時間電気を流すことで全身にけいれんを起こし、精神疾患の症状を緩和させる治療法です。上記2つの治療法で十分な効果が得られなかった場合に検討されます。
薬物療法や電気けいれん療法には少なからず副作用や有害作用が表れることがあります。各治療法について正しく理解して、医師と相談しながら治療を進めることが大切です。
双極性障害の人との関わり方
双極性障害は状態によって症状や言動が異なります。そのため家族や周囲の方は、それぞれの状態に合った関わり方を知ることが大切です。本人に病気だという自覚がないケースも考えられるため、効果的に治療を進めるには周囲のサポートが必要です。
この章では、双極性障害を抱えている人との関わり方のポイントをご紹介します。
病気について理解する
まずは双極性障害について理解することが大切です。それぞれの状態の特徴を知り、本人の言動に振り回されないようにしましょう。
適切な治療を継続するには、本人との間で認識の違いが生まれないようにする必要があります。たとえば、躁状態で攻撃的な姿を見た場合、悲しい気持ちや怒りの感情を抱くかもしれません。しかし、躁状態のときはその人の人格そのものではないことを理解して、受け流すのがよいでしょう。
「精神疾患がそうさせている」との認識を持って接することが大切です。
本人の気持ちを認め尊重する
本人の気持ちや意思は否定せず、尊重しながら受け止める姿勢が必要です。本人が気持ちを伝えてきたら、否定したり無理に励ましたりせず、まずはしっかり聞くことが大切です。
躁状態のときには、受診や治療を拒否することがあるかもしれません。その場合も無理強いはせず、本人のペースに合わせることが重要です。そして、症状が落ち着いたタイミングでの受診を試みましょう。過度な励ましや治療の強要は、逆効果になってしまうこともあります。
本人の症状パターンを知る
双極性障害はその人や状態によって症状が異なるため、それぞれの症状の傾向を把握しておくと冷静に対応できるでしょう。状態が切り替わる際の兆候を知ることで、変化に気づきやすくなります。
症状や経過を記録しておくことも有効です。情報を共有することで、周囲もスムーズに対応でき、認識の違いが生まれにくくなります。本人の症状が落ち着いているときに、どのような関わりがよいのか聞いてみるのもよいでしょう。
生活・仕事環境を整える
症状が著しいときには、日常生活や仕事が思うようにこなせないケースも少なくありません。そのような場合には、周囲のサポートが必要です。状況に合わせて休養を取れる環境を整え、本人の思いを傾聴するとよいでしょう。
症状に変化が見られたり、日常生活や社会活動に影響を与えたりしている場合には、早めに医療機関を受診できるよう調整することも大切です。
双極性障害の症状に当てはまる人は受診しよう
双極性障害は、「躁状態」「うつ状態」「混合状態」によって症状が異なります。人によっては、日常生活や社会活動に大きな影響を与えてしまう恐れも。なかでも躁状態は程度によってはうまく生活や仕事をこなせることもあり、調子がよく見えます。そのような状態のときは、本人が病気であることに気づきにくく、治療が遅れてしまうことも少なくありません。
今回ご紹介した症状に当てはまる場合や普段と異なる様子が続く場合、日常生活や社会活動に支障をきたしている場合には、早めに精神科や心療内科などの医療機関を受診しましょう。
参考・出典
・双極性障害|厚生労働省 e-ヘルスネット
・双極性障害(双極症)ABC|大塚製薬株式会社
・双極性障害|東和薬品株式会社
・加藤忠史先生に「双極性障害」を訊く|公益社団法人 日本精神神経学会
・双極性障害における認知機能|国際双極性障害学会(ISBD)
・6.双極性障害の認知研究―成人と児童|日本生物学的精神医学会誌 21巻3号
・双極性障害(躁うつ病)とつきあうために|日本うつ病学会 双極性障害委員会
・双極性障害(そううつ病)|国立精神・神経医療研究センター
・日本うつ病学会診療ガイドライン双極性障害(双極症)2023|日本うつ病学会
・双極性障害(躁うつ病)とうつ病の前頭葉体積の違いが明らかに-MRIにより診断の判別が可能となることに期待-|日本医療研究開発機構