胃の不快感、しつこい胃もたれ、なんだか食欲がわかない…。こうした症状は、食べ過ぎや飲み過ぎだけでなく、体内に溜まった余分な「湿気(湿邪)」が原因かもしれません。
特に、ジメジメした季節や冷たいものの摂りすぎで胃腸の働きが鈍ると、このような不調が現れやすくなります。
今回ご紹介する平胃散(へいいさん)は、まさにそのような「湿」が原因の胃腸トラブルに用いられる代表的な漢方薬です。
この記事では、平胃散がどのような漢方薬なのか、その効能や効果、気になる副作用、効果が出るまでの期間について、詳しく解説していきます。ご自身の症状と照らし合わせながら、ぜひ参考にしてください。
平胃散は、漢方医学で「燥湿健脾(そうしつけんぴ)」や「行気和胃(こうきわい)」の効能を持つとされる処方です。
簡単に言うと、胃腸に溜まった余分な水分(湿)を取り除いて乾燥させ、胃腸(脾)の働きを健康にし、気の巡りを良くしてお腹の調子を整えるという働きがあります。
主に、胃もたれや食欲不振、お腹が張る感じ、軟便や下痢といった、消化機能が低下している状態(湿滞脾胃)に用いられます。
《太平恵民和剤局方》に記載された名方
平胃散は、中国の宋代に編纂された医学書『太平恵民和剤局方(たいへいけいみんわざいきょくほう)』に収載されている、歴史と実績のある漢方薬です。この書物は、当時の政府が良質な処方を集めて標準化したもので、平胃散はその中でも特に消化器系の基本処方として、今日まで広く活用されています。
平胃散の効能・効果
平胃散は、その名の通り「胃を平らかにする」働きが期待できる漢方薬です。具体的にどのような症状に効果があるのか見ていきましょう。
適応となる主な症状(湿滞脾胃)
漢方では、平胃散が最も効果を発揮する体質・状態を「湿滞脾胃(しったいひい)」と呼びます。これは、体内の水分代謝が悪化し、余分な水分(湿)が特に胃腸(脾胃)に溜まってしまっている状態を指します。
<湿滞脾胃の主なサイン>
- 体が重だるい、むくみやすい
- 舌を見ると、白くべっとりとした苔(舌苔)がついている
- 食欲がない、または食べるとすぐにお腹が張る
- 軟便や下痢をしやすい
- 天気が悪い日や湿度の高い日に体調を崩しやすい
これらのサインに心当たりがある方の胃腸症状に、平胃散は特に適しています。
胃もたれ、食欲不振、膨満感への効果
食べ過ぎたり、脂っこいものを食べたりした後の胃もたれはもちろん、特に原因が思い当たらないのに続く食欲不振や、食後の膨満感は、胃に溜まった「湿」が消化を妨げているサインです。
平胃散に含まれる蒼朮(ソウジュツ)や厚朴(コウボク)といった生薬が、胃腸の余分な水分を取り除き、消化機能を助けることで、これらの不快な症状を和らげます。
嘔吐、げっぷ、つかえ感への効果
胃腸の機能が低下すると、食べたものがスムーズに消化されず、逆流してげっぷや吐き気を引き起こすことがあります。平胃散は、気の巡りを整える陳皮(チンピ)や厚朴(コウボク)の働きにより、胃の内容物がスムーズに下へ送られるのを助け、吐き気や胸のつかえ感を改善します。
下痢(自利)への効果
急性の胃腸炎などで起こる、水のような下痢にも平胃散は用いられます。これは、体内の過剰な「湿」が便として排出されている状態です。平胃散の強力な「燥湿(湿を乾かす)」作用により、腸内の余分な水分を吸収し、下痢の症状を改善する効果が期待できます。
平胃散の構成生薬と役割
平胃散は、6種類の生薬から構成されています。それぞれの生薬が協力し合うことで、優れた効果を発揮します。
主要生薬とその働き
- 蒼朮(ソウジュツ): キク科の植物の根茎。強力な利水・燥湿作用があり、胃腸に溜まった余分な水分を取り除く中心的な役割を担います。
- 厚朴(コウボク): モクレン科の植物の樹皮。気の巡りを改善し、お腹の張り(腹部膨満感)を解消します。また、咳を鎮める作用もあります。
- 陳皮(チンピ): ミカン科の成熟した果皮。気の巡りを整え、消化を助けます。痰を取り除く作用もあり、胃の不快感を和らげます。
- 甘草(カンゾウ): マメ科の植物の根。それぞれの生薬の働きを調和させ、急迫症状を緩和します。胃腸を保護する役割もあります。
- 大棗(タイソウ): ナツメの果実。胃腸の機能を補い、体力をつけます。他の生薬の刺激を和らげる働きもします。
- 生姜(ショウキョウ): ショウガの根茎。胃を温めて消化を促進し、吐き気を抑える作用があります。
これらの生薬が絶妙なバランスで配合されることで、「湿」を取り除きながら胃腸の働きを総合的に整えるのです。
平胃散の正しい飲み方・服用量
漢方薬は、正しく服用することで効果を最大限に引き出すことができます。
エキス剤と煎じ薬について
平胃散には、病院で処方されたり薬局で市販されたりする「医療用・一般用医薬品(エキス剤)」と、生薬を煮出して服用する「煎じ薬」があります。
- エキス剤(顆粒・細粒): 手軽に服用でき、品質が安定しています。お湯に溶かして飲むと、香りが立ち、吸収も良くなると言われています。
- 煎じ薬: 生薬そのものを煮出すため手間はかかりますが、より高い効果が期待できるとされています。
どちらを選ぶかは、ライフスタイルや症状に合わせて医師や薬剤師に相談しましょう。
効果的な服用タイミング
漢方薬の多くは、食前(食事の約30分前)または食間(食事と食事の間、食後約2時間後)の空腹時に服用するのが基本です。胃に食べ物が入っていない状態で飲むことで、有効成分が速やかに吸収されやすくなります。
ただし、胃が弱い方で空腹時の服用が負担になる場合は、食後に服用しても問題ありません。用法・用量を守り、ご自身の体調に合わせて調整してください。
平胃散の効果が出るまでの期間
「いつになったら効果が出るの?」というのは、漢方薬を服用する上で最も気になる点の一つです。
体質や症状による期間の違い
平胃散の効果が出るまでの期間は、その人の体質や症状の重さ、急性のものか慢性のものかによって大きく異なります。
- 急性の症状: 食べ過ぎ・飲み過ぎによる急な胃もたれや、急性の胃腸炎による下痢などの場合は、数回の服用から数日で効果を実感できることがあります。
- 慢性の症状: 長期間にわたる慢性的な食欲不振や胃もたれ、体質改善を目的とする場合は、効果が現れるまでに数週間から数ヶ月かかることもあります。
漢方薬は、体質そのものに働きかけてバランスを整えていくため、焦らずに継続することが大切です。
継続服用が必要なケース
慢性的な胃腸の弱さや、湿度の高い時期に決まって体調を崩すといった体質的な問題を抱えている場合は、症状が改善してもしばらく服用を続けることで、再発しにくい体質づくりを目指します。どのくらいの期間服用を続けるべきかについては、自己判断せず、処方した医師や薬剤師の指示に従いましょう。
平胃散の副作用について
平胃散は比較的安全な漢方薬とされていますが、医薬品である以上、副作用のリスクが全くないわけではありません。
起こりうる可能性のある副作用
頻度は稀ですが、以下のような副作用が報告されています。もし服用後に異変を感じた場合は、すぐに服用を中止し、医師や薬剤師に相談してください。
- 皮膚症状: 発疹、発赤、かゆみ
- 肝機能障害: 全身のだるさ、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)など
- 偽アルドステロン症: 甘草の長期服用などで見られることがあります。血圧上昇、むくみ、手足のだるさ、しびれ、筋肉痛などが現れます。
特定の体質や症状での注意点
体が弱っている方(虚弱体質)や、体内の潤いが不足している方(陰虚)が平胃散を服用すると、その「燥湿(乾かす)」作用が強く出すぎてしまい、口の渇きや便秘などの症状が悪化することがあります。ご自身の体質に合っているかどうかが重要ですので、専門家の判断を仰ぐことをお勧めします。
平胃散と便秘の関係性
平胃散は主に軟便や下痢に用いられるため、便秘の方が服用すると症状が悪化する可能性があります。これは、腸内の水分まで取り除いてしまい、便がさらに硬くなることがあるためです。ただし、お腹の張りを伴う便秘(気の滞りが原因)の場合、平胃散に他の漢方薬を組み合わせることで改善することもあります。便秘の症状がある方は、事前に医師や薬剤師に相談しましょう。
平胃散を服用できない・注意が必要な人
安全に服用するために、以下の点を確認してください。
服用前の確認事項
- アレルギー歴: 過去に漢方薬で発疹やかゆみを起こしたことがある方。
- 持病のある方: 高血圧、心臓病、腎臓病などの診断を受けている方(特に偽アルドステロン症に注意が必要です)。
- 高齢者: 一般的に生理機能が低下しているため、慎重な服用が必要です。
- 妊婦・授乳婦: 安全性が確立されていないため、自己判断での服用は避け、必ず医師に相談してください。
平胃散と他の漢方薬との比較
胃腸に効く漢方薬は数多くあり、平胃散と混同されやすい処方もあります。ここでは代表的なものとの違いを解説します。
漢方薬 | 特徴 | 主な適応 |
---|---|---|
平胃散 | 胃腸の湿を取り除く基本処方。胃腸の働きそのものを改善する。 | 胃もたれ、食欲不振、腹部膨満感、軟便・下痢。湿気が原因の不調。 |
香砂平胃散 | 平胃散に香附子と縮砂を追加。気の巡りを改善し、痛みを和らげる効果が強い。 | 神経性の胃炎、ストレスによる胃痛、腹痛を伴う胃腸症状。 |
五苓散 | 全身の水分バランスを調整する。利水作用が主で、体内の水の偏りを是正する。 | むくみ、めまい、頭痛、二日酔い、急性の下痢・嘔吐(水様便)。乗り物酔い。 |
平胃丸 | 「平胃散」と同じ構成生薬で作られた丸剤。効果は同じですが、剤形が異なります。 | 平胃散と同様。 |
簡単にまとめると、
- 平胃散: 湿気が原因の消化不良
- 香砂平胃散: ストレスや気の滞りが加わった胃痛
- 五苓散: 水分代謝の異常全般(むくみ、二日酔い含む)
と使い分けられます。
平胃散の加減方について
平胃散は基本処方であるため、個々の症状や体質に合わせて他の生薬を加えたり、他の漢方薬と合わせたりする「加減方」が数多く存在します。
- 不換金正気散(ふかんきんしょうきさん): 平胃散と藿香正気散を合わせたような処方。夏風邪や食あたりによる下痢・嘔吐に。
- 平胃食と他の方剤の組み合わせ: 例えば、冷えが強い場合は人参湯を、ストレスが強い場合は四逆散を合わせるなど、応用範囲が広いのが特徴です。
平胃散についてよくある質問
Q. 妊娠中や授乳中に飲めますか?
A. 妊娠中・授乳中の服用に関する安全性は確立されていません。特に妊娠中の服用は慎重な判断が必要です。治療上の有益性が危険性を上回ると医師が判断した場合にのみ処方されることがあります。自己判断での服用は絶対に避け、必ずかかりつけの産婦人科医や主治医、薬剤師に相談してください。
Q. 子どもに飲ませても大丈夫ですか?
A. 子どもにも平胃散が処方されることはあります。ただし、大人とは用法・用量が異なります。子どもの体重や年齢、症状に合わせて慎重に投与量を決める必要があるため、必ず医師の診察を受けて処方してもらいましょう。市販薬を与える場合も、対象年齢を確認し、不明な点は薬剤師に相談してください。
Q. 他の薬との併用は可能ですか?
A. 他の漢方薬(特に甘草を含むもの)や西洋薬との飲み合わせによっては、作用が強く出すぎたり、副作用のリスクが高まったりすることがあります。例えば、甘草を含む他の漢方薬と併用すると、偽アルドステロン症のリスクが高まります。現在服用中の薬がある場合は、必ず医師や薬剤師にその旨を伝え、相談するようにしてください。
まとめ
平胃散は、体内の「湿」が原因で起こる胃もたれ、食欲不振、軟便・下痢といった胃腸の不調を改善する、歴史と実績のある漢方薬です。
<こんな方におすすめ>
- 食べ過ぎ、飲み過ぎで胃がもたれやすい
- 湿度の高い日や梅雨の時期に胃腸の調子を崩しやすい
- 食欲がなく、体が重だるい感じがする
- 舌に白い苔がべったりとついている
- お腹がゴロゴロして軟便や下痢になりやすい
平胃散は優れた漢方薬ですが、効果を最大限に引き出し、安全に使用するためには、専門家による判断が不可欠です。気になる症状がある場合は、まずは医師や薬剤師、登録販売者に相談し、ご自身の体質や症状に合った漢方薬を選ぶようにしましょう。
免責事項: この記事は情報提供を目的としたものであり、医学的な診断や治療を代替するものではありません。病状の診断や治療については、必ず専門の医療機関にご相談ください。