アプレピタントの効果・副作用とは?薬の基本情報を徹底解説

アプレピタントは、がん化学療法に伴う吐き気や嘔吐(CINV:Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting)を強力に予防するために用いられる薬剤です。特に、強い吐き気を引き起こす可能性のある抗がん剤治療において、患者さんの身体的・精神的な負担を軽減し、治療の継続をサポートする上で非常に重要な役割を担っています。本記事では、アプレピタントの効果やその作用機序、注意すべき副作用、正しい投与方法、さらには他の制吐剤との比較について、詳しく解説していきます。がん治療を乗り越えるためにアプレピタントの情報が不可欠だと考える方にとって、この記事はきっと役立つはずです。

目次

アプレピタントとは?

アプレピタントは、神経ペプチドであるサブスタンスPが、その受容体であるニューロキニン1(NK1)受容体に結合するのを選択的に阻害することで、吐き気や嘔吐を抑える作用を持つ薬剤です。この種の薬剤は「NK1受容体拮抗薬」と呼ばれ、がん化学療法、特に強い吐き気を引き起こす「催吐性抗がん剤」による吐き気・嘔吐の予防に特化して開発されました。

がん化学療法では、薬剤の種類や投与量、患者さんの体質によって、様々な程度の吐き気や嘔吐が起こり得ます。これらは単なる不快感にとどまらず、食事摂取の困難さによる栄養状態の悪化、脱水、体力の消耗、さらには精神的な苦痛を引き起こし、患者さんの生活の質(QOL)を著しく低下させることがあります。最悪の場合、これらの副作用が原因で、患者さんが治療の継続を諦めてしまうことも少なくありません。

アプレピタントは、このような化学療法による吐き気・嘔吐を予防するための重要な選択肢の一つとして、標準的な制吐療法ガイドラインにおいて推奨されています。その特徴は、投与後すぐに現れる「急性期嘔吐」だけでなく、抗がん剤投与から24時間以上経過した後に現れる「遅発期嘔吐」に対しても高い予防効果を発揮する点にあります。これにより、患者さんは治療中だけでなく、日常生活においてもより快適に過ごすことが期待できます。

アプレピタントの作用機序

アプレピタントの作用機序を理解するためには、まず「吐き気」や「嘔吐」がどのようにして引き起こされるのかを知る必要があります。私たちの脳には「嘔吐中枢」と呼ばれる部位があり、ここが刺激されると吐き気や嘔吐の指令が出されます。この嘔吐中枢は、さまざまな経路からの刺激を受け取りますが、がん化学療法による吐き気・嘔吐の主要な経路の一つに、「サブスタンスP」と呼ばれる神経伝達物質と、その受容体である「NK1受容体」の関与があります。

抗がん剤が体内に投与されると、特定の種類の抗がん剤は、消化管のクロム親和性細胞などからセロトニン(5-HT)やサブスタンスPなどの物質を放出させます。これらの物質が、迷走神経を介して脳の嘔吐中枢に情報を伝達したり、直接脳の「化学受容器引き金帯(CTZ)」と呼ばれる部位を刺激したりすることで、吐き気や嘔吐の反応が引き起こされます。

特にサブスタンスPは、遅発性嘔吐の発生に深く関与していると考えられています。サブスタンスPは、NK1受容体に結合することで、強力な催吐作用を発揮します。

アプレピタントは、このNK1受容体に特異的に結合し、サブスタンスPが受容体に結合するのをブロックします。例えるなら、NK1受容体という鍵穴に、アプレピタントという偽の鍵が先に刺さることで、本来の鍵であるサブスタンスPが入れなくなり、鍵が開かなくなる(=吐き気の信号が伝わらなくなる)ようなイメージです。

この拮抗作用により、サブスタンスPが引き起こす吐き気や嘔吐のシグナルが遮断され、嘔吐中枢への刺激が抑制されます。結果として、抗がん剤による吐き気・嘔吐が効果的に予防されるのです。アプレピタントが急性期だけでなく遅発期の嘔吐にも効果を示すのは、サブスタンスPが両方の時期に関与しているためと考えられています。

アプレピタントの効果

アプレピタントの最大の効果は、がん化学療法に伴う吐き気・嘔吐(CINV)の強力な予防にあります。特に以下の点でその効果が顕著に現れます。

  1. 高頻度催吐性抗がん剤(HEC)によるCINVの予防:
    シスプラチンなどの非常に強い吐き気を引き起こす抗がん剤(HEC)を使用する場合、アプレピタントはデキサメタゾン(ステロイド)や5-HT3受容体拮抗薬(オンダンセトロン、グラニセトロンなど)と併用することで、その制吐効果を飛躍的に高めます。これにより、吐き気や嘔吐が起こる頻度を大幅に減少させることができます。
  2. 中等度頻度催吐性抗がん剤(MEC)によるCINVの予防:
    カルボプラチン、エピルビシンなどの中等度の吐き気を引き起こす抗がん剤(MEC)に対しても、アプレピタントは他の制吐剤との併用により、高い予防効果を発揮します。
  3. 急性期および遅発期CINVへの効果:
    抗がん剤投与後24時間以内に起こる「急性期嘔吐」と、24時間以降に起こる「遅発期嘔吐」の両方に対して効果を発揮します。特に、アプレピタントが作用するサブスタンスP/NK1受容体経路は遅発期嘔吐に強く関与しているため、従来の制吐剤だけでは十分な効果が得られにくかった遅発期嘔吐の予防に大きく貢献します。これにより、患者さんは化学療法後も、より安定した状態で日常生活を送ることが可能になります。
  4. 患者のQOL向上と治療継続率の改善:
    吐き気や嘔吐は、患者さんの食事摂取を妨げ、体重減少や体力低下を引き起こすだけでなく、精神的な苦痛も大きいです。アプレピタントによる効果的な制吐は、これらの不快な症状を最小限に抑え、患者さんのQOLを向上させます。また、副作用による苦痛が軽減されることで、患者さんが安心して治療を継続できるようになり、治療中断のリスクを低減する効果も期待できます。

アプレピタントは単独で用いられることは少なく、通常は5-HT3受容体拮抗薬やデキサメタゾンなどのステロイド薬と組み合わせて使用されます。これらの薬剤はそれぞれ異なる作用機序を持つため、併用することで相乗効果が生まれ、より強力で広範な制吐効果を発揮します。このような多剤併用療法は、現在のCINV予防の標準治療となっています。

アプレピタントの副作用

アプレピタントは、その高い制吐効果がある一方で、他の薬剤と同様に副作用が報告されています。副作用の発現は、個人の体質、併用薬、基礎疾患などによって大きく異なります。使用前に、どのような副作用が起こり得るのか、そしてもし発現した場合にどう対処すべきかを理解しておくことが重要です。

アプレピタントの副作用は、その作用機序(NK1受容体への特異的な結合)からくるものと、薬剤の代謝経路(主に肝臓のCYP3A4酵素)に関わるものに大別されます。多くの場合、軽度で一過性のものですが、中には注意が必要な副作用も存在します。

アプレピタントの「やばい」と言われる副作用

「やばい」という表現は、患者さんが不安を感じやすい、あるいは重篤化する可能性がある副作用を指すことが多いでしょう。アプレピタントにおいて、特に注意が必要とされる、比較的稀ではあるものの重大な副作用には以下のようなものがあります。

  1. ショック、アナフィラキシー様症状、過敏症反応:
    頻度は非常に低いものの、全身の発疹、かゆみ、じんましん、血管浮腫(まぶた、唇、顔、喉の腫れ)、呼吸困難、血圧低下などの重篤なアレルギー反応が起こる可能性があります。これらは服薬後すぐに現れることもあれば、時間が経ってから出ることもあります。もしこれらの症状が疑われる場合は、直ちにアプレピタントの服用を中止し、速やかに医師または医療機関に連絡することが極めて重要です。命に関わる可能性があるため、緊急性が高い副作用と言えます。
  2. 皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)、中毒性表皮壊死融解症(TEN):
    これらは非常に稀ですが、重篤な皮膚症状です。全身の皮膚に赤み、水ぶくれ、ただれが生じ、発熱や関節痛を伴うことがあります。口の中や目の粘膜にも症状が現れることがあります。これらの症状も、発現した場合は緊急の対応が必要となりますので、すぐに医師に相談してください。
  3. 肝機能障害:
    AST(GOT)、ALT(GPT)、γ-GTPなどの肝酵素値の上昇を伴う肝機能障害が報告されています。多くは軽度で一過性ですが、重篤化することもあります。症状としては、全身倦怠感、食欲不振、皮膚や白目が黄色くなる(黄疸)などがあります。定期的な血液検査で肝機能を確認することが重要です。

これらの副作用は「やばい」と感じられるかもしれませんが、その発現頻度は非常に低いです。しかし、万が一症状が現れた場合には迅速な対応が求められるため、患者さん自身やご家族がこれらの兆候を認識しておくことが大切です。不安な症状があれば、自己判断せず、必ず医療従事者に相談してください。

その他の副作用

アプレピタントで比較的多く報告される副作用は、一般的に軽度であり、治療の継続に大きな支障をきたすことは少ないとされています。しかし、不快感を感じる場合があるため、知っておくことが大切です。

頻度の高い副作用(一般的な報告):

  • 全身倦怠感、疲労: 体がだるい、疲れやすいと感じることがあります。化学療法そのものの影響と区別が難しい場合もあります。
  • 便秘: 消化管の動きに影響を与えることがあります。水分摂取を増やしたり、食事内容を見直したりすることで軽減される場合があります。
  • しゃっくり: 比較的高頻度で報告される副作用の一つです。ほとんどが一過性ですが、継続する場合は医師に相談しましょう。
  • 食欲不振: 吐き気が抑えられても、食欲がわかないと感じることがあります。
  • 頭痛、めまい: 軽度の頭痛やめまいを感じることがあります。
  • 消化不良、腹部不快感: 胃のむかつきや、お腹の張りを訴えることがあります。
  • 疲労、脱力感: 全身のだるさや力の入りにくさを感じることがあります。
  • 好中球減少症: 血液検査で白血球の一種である好中球の数が減少することが報告されています。これは化学療法自体でも起こりうる副作用ですが、アプレピタントの影響も考慮されます。感染症のリスクが高まるため、発熱などの症状があれば速やかに医療機関に連絡が必要です。

頻度は低いが報告されている副作用:

  • 発疹、そう痒感: 皮膚にじんましんやかゆみが現れることがあります。
  • 不眠: 寝つきが悪くなる、眠りが浅くなるなどの症状が報告されることがあります。
  • 顔面潮紅(顔が赤くなる)、ほてり: 血管拡張作用によるもので、一時的に顔が赤くなったり、体が熱く感じたりすることがあります。
  • 味覚異常: 食事の味が普段と違うと感じることがあります。

これらの副作用は、通常は服薬を続ける中で軽減されたり、消失したりすることが多いです。しかし、症状が重い場合や、長く続く場合は、我慢せずに担当の医師や薬剤師に相談してください。症状によっては、対症療法や薬の調整が必要となる場合があります。患者さんのQOL維持のためにも、些細なことでも医療従事者に伝えることが大切です。

アプレピタントの投与方法と期間

アプレピタントは、その効果を最大限に引き出し、かつ副作用のリスクを最小限に抑えるために、正しい用法・用量で服用することが非常に重要です。投与方法や期間は、使用する抗がん剤の種類(催吐性の程度)や患者さんの状態によって異なりますが、一般的なプロトコルがあります。

1日目の服用量とタイミング

アプレピタントの投与は、通常、抗がん剤治療の開始日(1日目)から行われます。

  • 服用量:
    通常、成人には1日目に125mgを服用します。アプレピタントは、通常カプセル剤または錠剤として提供されます。点滴静注用の製剤も存在しますが、ここでは経口剤について説明します。
  • タイミング:
    抗がん剤投与の約1時間前に服用することが推奨されます。このタイミングで服用するのは、アプレピタントの血中濃度が抗がん剤が体内で作用し始める時点までに十分に上昇し、吐き気・嘔吐の発生を効果的に抑制できるようにするためです。服用は水またはぬるま湯で行い、コップ1杯程度の水で十分に服用するようにしてください。
  • 併用薬との関係:
    1日目には、アプレピタント単独ではなく、通常、5-HT3受容体拮抗薬(例:オンダンセトロン、グラニセトロン、パロノセトロンなど)やデキサメタゾン(ステロイド)も同時に投与されます。これらの薬剤は異なる作用機序で制吐効果を発揮するため、併用することで相乗効果が期待できます。特にデキサメタゾンは、アプレピタントとの薬物相互作用により血中濃度が上昇する可能性があるため、デキサメタゾンの用量が調整される場合があります。医師の指示に厳密に従ってください。

2日目以降の服用量とタイミング

アプレピタントは、抗がん剤投与の翌日以降も、遅発性嘔吐の予防のために継続して服用されることが一般的です。

  • 服用量:
    通常、成人には2日目と3日目に80mgを服用します。1日目の125mgと比較して用量が減りますが、これはアプレピタントが体内でゆっくりと代謝され、効果が長時間持続するため、維持量として80mgで十分な効果が得られるとされているためです。
  • タイミング:
    2日目以降は、1日1回、毎日同じ時間帯に服用することが推奨されます。例えば、朝食後など、患者さん自身が忘れずに服用しやすい時間帯に設定されることが多いです。決まった時間に服用することで、薬の血中濃度を一定に保ち、持続的な制吐効果を維持することができます。
  • 併用薬との関係:
    2日目以降も、デキサメタゾンなどのステロイド薬が併用されることがあります。こちらも医師の指示された用量と期間を厳守してください。

投与期間について

アプレピタントの投与期間は、使用する抗がん剤の催吐性や、患者さんの個別の治療計画によって異なります。

  • 高頻度催吐性抗がん剤(HEC)の場合:
    一般的に、抗がん剤投与日を含めて3日間(1日目125mg、2・3日目80mg)の経口投与が行われることが多いです。
  • 中等度頻度催吐性抗がん剤(MEC)の場合:
    同様に3日間の投与が一般的ですが、薬剤によっては短縮される場合もあります。
  • 複数日投与の抗がん剤の場合:
    抗がん剤治療が数日間にわたる場合は、アプレピタントの投与期間もそれに合わせて延長されることがあります。ただし、漫然と長期にわたって服用することはありません。抗がん剤治療サイクルの終了に合わせて、アプレピタントの服用も終了します。
  • 重要事項:
    自己判断でアプレピタントの服用を中止したり、量を変更したりしないでください。効果が不十分と感じたり、副作用が気になったりする場合は、必ず担当の医師や薬剤師に相談してください。医師は患者さんの状態や治療内容に合わせて、最適な用法・用量を決定します。正確な情報提供と指示の遵守が、安全で効果的な制吐療法に繋がります。

アプレピタントと他の制吐剤との比較

がん化学療法による吐き気・嘔吐の予防には、アプレピタント以外にも様々な種類の制吐剤が用いられます。これらの薬剤はそれぞれ異なる作用機序を持ち、CINVの急性期と遅発期、あるいは軽度から重度の嘔吐に対して、単独または組み合わせて使用されます。アプレピタントがどのように位置づけられるかを理解するために、主要な制吐剤と比較してみましょう。

アプレピタントの主な特徴は、NK1受容体拮抗作用を持つことで、遅発性嘔吐に対しても高い効果を発揮する点です。これは、5-HT3受容体拮抗薬が主に急性期嘔吐に有効である点とは異なります。そのため、これらを併用することで、より広範囲な制吐効果が期待できます。

以下に、アプレピタントと主要な5-HT3受容体拮抗薬(パロノセトロン、グラニセトロン、オンダンセトロン)との比較を表にまとめました。

薬剤名 作用機序 主な効果の対象 効果の持続時間 剤形 特徴 アプレピタントとの併用
アプレピタント NK1受容体拮抗薬 急性期・遅発期CINV 長時間(約3日間) 経口(カプセル/錠)、注射 サブスタンスPの作用を阻害し、特に遅発期に有効。CYP3A4を阻害。 標準的な併用療法の一部。
パロノセトロン 5-HT3受容体拮抗薬 急性期・遅発期CINV 長時間(24時間超) 注射、経口 5-HT3受容体への親和性が高く、持続時間が長い点が特徴。 よく併用される。
グラニセトロン 5-HT3受容体拮抗薬 主に急性期CINV、一部遅発期も 比較的短い(数時間~24時間) 注射、経口 広く用いられる5-HT3受容体拮抗薬。 よく併用される。
オンダンセトロン 5-HT3受容体拮抗薬 主に急性期CINV 比較的短い(数時間) 注射、経口 最初に開発された5-HT3受容体拮抗薬で、基本的な制吐剤。 よく併用される。
デキサメタゾン ステロイド(作用機序は不明確) 急性期・遅発期CINV 中程度 注射、経口 炎症や脳浮腫の軽減作用も。アプレピタントとの併用で用量調整必要。 標準的な併用療法の一部。

パロノセトロンとの比較

パロノセトロンは、第二世代の5-HT3受容体拮抗薬であり、その最大の特徴は半減期が長く、持続的な制吐効果を発揮する点です。他の5-HT3受容体拮抗薬が主に急性期嘔吐に焦点を当てるのに対し、パロノセトロンは遅発期嘔吐に対してもある程度の効果が期待できるとされています。

  • 作用機序: 消化管で抗がん剤によって放出されるセロトニン(5-HT)が迷走神経や化学受容器引き金帯の5-HT3受容体に結合するのを阻害します。
  • アプレピタントとの違いと併用: パロノセトロンはセロトニン経路、アプレピタントはサブスタンスP経路に作用するため、異なる作用機序を持つ両者を併用することで、より広範で強力な制吐効果が期待できます。特に高頻度催吐性抗がん剤(HEC)治療では、アプレピタント、パロノセトロン、デキサメタゾンを組み合わせた3剤併用療法が標準的です。これにより、急性期と遅発期の両方の嘔吐を効率的に予防します。

グラニセトロンとの比較

グラニセトロンは、第一世代の5-HT3受容体拮抗薬の一つで、オンダンセトロンと同様に広く使われています。注射剤と経口剤があり、多様な投与経路で利用可能です。

  • 作用機序: パロノセトロンと同様に、5-HT3受容体を拮抗することで吐き気を抑制します。主に急性期嘔吐の予防に効果的です。
  • アプレピタントとの違いと併用: グラニセトロンも急性期嘔吐の予防に優れていますが、遅発期嘔吐への効果はアプレピタントほどではありません。そのため、アプレピタントとグラニセトロンを併用することで、急性期はグラニセトロンとアプレピタント、遅発期はアプレピタントが主導して効果を発揮し、より効果的な制吐が可能になります。例えば、HEC治療では、抗がん剤投与日にグラニセトロンとアプレピタント、デキサメタゾンを併用し、2日目以降はアプレピタントとデキサメタゾンを継続する、といったプロトコルが用いられます。

オンダンセトロンとの比較

オンダンセトロンは、最も早期に開発された5-HT3受容体拮抗薬であり、現在でも世界中で広く使用されている制吐剤です。注射剤、経口剤、口腔内崩壊錠など、様々な剤形があります。

  • 作用機序: 消化管や脳の5-HT3受容体を阻害することで、セロトニンによる吐き気の伝達を遮断します。主に急性期嘔吐の予防に強力な効果を発揮します。
  • アプレピタントとの違いと併用: オンダンセトロンは急性期嘔吐に非常に有効ですが、遅発期嘔吐への効果は限定的です。アプレピタントとオンダンセトロンは、それぞれ異なる嘔吐発生経路に作用するため、併用することで相乗的な制吐効果が得られます。特に強い吐き気を伴う化学療法では、両者の併用が標準的な治療選択肢となっています。これにより、抗がん剤投与後すぐに起こる吐き気をオンダンセトロンが、その後も続く吐き気をアプレピタントがカバーする形で、患者さんの苦痛を軽減します。

このように、アプレピタントは他の制吐剤と異なる作用機序を持つため、単独で使用されることは少なく、多様な制吐剤と組み合わせて使用することで、がん化学療法に伴う吐き気・嘔吐をより効果的にコントロールすることが可能になります。これにより、患者さんのQOLを向上させ、がん治療の完遂に貢献しています。

アプレピタントの先発品について

アプレピタントの先発品は、「イメンド®」という名称で販売されています。イメンドは、MSD株式会社によって開発され、日本においては2009年に承認・販売が開始されました。この薬剤は、化学療法に伴う吐き気・嘔吐(CINV)予防のための革新的な治療薬として、がん治療の分野に大きな進歩をもたらしました。

「先発品」とは、最初に開発・製造された医薬品のことで、その効果や安全性について大規模な臨床試験が行われ、公的に承認されたものです。イメンド®は、NK1受容体拮抗薬という新しい作用機序を持つ制吐剤として、多くの患者さんのCINVによる苦痛を軽減し、がん治療の継続をサポートしてきました。

イメンド®には、経口カプセル剤(40mg、80mg、125mg)と、点滴静注用製剤があります。特に経口カプセル剤は、患者さんが自宅で服用できるため、利便性が高いという特徴があります。

ジェネリック医薬品(後発医薬品)について:

イメンド®の特許期間満了後、その有効成分である「アプレピタント」を主成分とするジェネリック医薬品(後発医薬品)が多数登場しています。ジェネリック医薬品は、先発品と全く同じ有効成分を含み、同等の品質、有効性、安全性が国によって保証されています。

ジェネリック医薬品の最大の利点は、価格が先発品よりも安価である点です。開発費用がかからないため、患者さんの医療費負担を軽減することができます。がん治療は長期にわたることが多く、薬物療法にかかる費用も高額になりがちであるため、ジェネリック医薬品の選択肢があることは、患者さんにとって大きなメリットとなります。

ただし、ジェネリック医薬品は先発品と完全に同じ成分ですが、添加物や製剤技術の違いにより、味、色、形、崩壊時間などが異なる場合があります。これらの違いが患者さんの服用感に影響を与える可能性はゼロではありませんが、薬効そのものには影響がないとされています。

患者さんが先発品(イメンド®)とジェネリック医薬品のどちらを選ぶかは、医師や薬剤師と相談して決定します。価格面を重視したい場合はジェネリック医薬品を検討し、長年使い慣れた先発品を選びたい場合はイメンド®を希望するなど、個々の状況に応じて選択肢が提供されます。最終的には、患者さんの状態や治療方針に最適な薬剤が処方されます。

アプレピタントの処方と注意点

アプレピタントは、医師の処方箋が必要な「医療用医薬品」です。これは、その効果が強力である一方で、適切に使用されなければ副作用のリスクを伴う可能性があるためです。市販薬としてドラッグストアなどで購入することはできません。アプレピタントの処方を受ける際には、医師や薬剤師との十分なコミュニケーションが不可欠です。

アプレピタント処方までの流れ:

  1. 診察:
    抗がん剤治療を始める前に、担当医が患者さんのこれまでの病歴、現在服用している薬、アレルギーの有無、肝機能や腎機能の状態などを詳しく確認します。化学療法の内容に応じて、アプレピタントの使用が必要かどうか、適切な用量や併用薬について検討します。
  2. 処方箋の発行:
    医師がアプレピタントの必要性を判断した場合、処方箋が発行されます。
  3. 薬剤師による説明:
    薬局で処方箋を提出すると、薬剤師からアプレピタントの服用方法、注意点、起こりうる副作用などについて詳細な説明を受けます。不明な点があれば、この時に遠慮なく質問しましょう。

アプレピタント服用中の注意点:

アプレピタントを安全かつ効果的に使用するために、以下の点に特に注意してください。

  1. 医師の指示を厳守する:
    服用量、服用タイミング、服用期間は、医師が患者さんの状態や抗がん剤治療の内容に合わせて慎重に決定したものです。自己判断で服用量を増やしたり減らしたり、服用を中断したりしないでください。効果が不十分だと感じたり、副作用が強く出たりした場合は、必ず医師に相談しましょう。
  2. 他の薬との飲み合わせ(薬物相互作用):
    アプレピタントは、主に肝臓の薬物代謝酵素であるCYP3A4によって代謝されます。このCYP3A4の働きに影響を与える他の薬剤と併用すると、アプレピタントの血中濃度が過度に上昇したり、逆に低下したりする可能性があります。また、アプレピタント自体もCYP3A4を阻害する作用があるため、CYP3A4で代謝される他の薬剤の血中濃度に影響を与える可能性があります。

    • CYP3A4阻害薬(アプレピタントの効果が増強される可能性): マクロライド系抗生物質(エリスロマイシンなど)、抗真菌薬(イトラコナゾール、ケトコナゾールなど)、抗HIV薬(リトナビルなど)、グレープフルーツジュースなど。
    • CYP3A4誘導薬(アプレピタントの効果が減弱される可能性): 抗てんかん薬(フェニトイン、カルバマゼピンなど)、結核治療薬(リファンピシンなど)、セイヨウオトギリソウ(セント・ジョーンズ・ワート)含有食品など。
    • アプレピタントが影響を与える可能性のある薬剤:
      • デキサメタゾン: アプレピタントとの併用で血中濃度が上昇するため、デキサメタゾンの用量調整が必要になることがあります。
      • ワルファリン: 経口抗凝固薬であるワルファリンの作用を強める可能性があり、出血傾向に注意が必要です。併用する場合はプロトロンビン時間のモニタリングが推奨されます。
      • 経口避妊薬: アプレピタントが経口避妊薬の効果を減弱させる可能性があるため、化学療法サイクル中およびその後28日間は、他の避妊法を併用することが推奨されます。
      • ミダゾラム(鎮静剤): 血中濃度が上昇する可能性があります。

    現在服用しているすべての薬(処方薬、市販薬、サプリメント、健康食品、ハーブ製品を含む)を必ず医師や薬剤師に伝えましょう。

  3. アレルギー歴や持病の申告:
    過去に薬でアレルギー反応を起こしたことがある場合や、肝機能障害、腎機能障害、心臓病などの持病がある場合は、必ず医師に伝えてください。特に重度の肝機能障害がある患者さんには、慎重な投与または投与を避ける場合があります。
  4. 妊娠中・授乳中の使用:
    妊婦または妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与されます。授乳中の女性は、治療期間中は授乳を中止することが推奨されます。必ず医師に相談してください。
  5. 小児・高齢者への投与:
    小児に対する安全性は確立されていません。高齢者では、一般的に生理機能が低下しているため、副作用の発現に注意し、慎重に投与されます。
  6. 吐き気・嘔吐が改善されない場合:
    アプレピタントを服用しても吐き気や嘔吐が完全に改善されない、または悪化した場合は、我慢せずに速やかに医師に連絡してください。追加の制吐剤が必要になる場合や、薬の調整が必要な場合があります。

アプレピタントは、がん化学療法を受ける患者さんのQOLを大きく向上させる重要な薬剤です。これらの注意点を守り、医療従事者と密接に連携することで、安全かつ効果的な治療を受けることができます。

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